上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
気持ち、か。
自分で言っておきながら、もう一度考えてしまった。
私は自分勝手だったんじゃないだろうか、あれくらいのことで彼を許せないなんて。
彼にも非がある。と、いうか彼が悪いのは一目瞭然なのである。
だけどたった一回(だと思う)の過ちすら許せない私はどうなんだろ。
こう思うと何だかどうでもよくなりそうだ。
「気持ちですか…」
「いや、あんまり気にしないで。私は思いつきで喋るタチだから」
「でも、でもそうですよ。気持ちなんですよ何事も。私、そのことを忘れてたんだと思います。
例えば恋した相手が兄であろうと想い続けることは自由なんですよね。相手次第ですけど」
そこまで言うと彼女は少しだけ笑った。
私は彼女の顔を見てからそのまま夜空に視線を移す。
一番星が四角い空に輝いている。少しだけ気分が軽くなった。
「あーあ、私死ぬ気無くなっちゃったよ。アンタみたいに希望満タンな人を見てたら私も負けられないかな、みたいな。ホラ私、負けず嫌いだから。
あんな手紙書いてこなければよかったな。私が謝るのは癪だし。とりあえず何事もなかったかのように過ごせば…ダメだろうな」
うつむいていたらため息になっていただろうものを空に向かって吐いた。
真っ暗だった空が少しだけ明るくなり始めていることに気付く。
結局、かなりの時間屋上にいたことになる。彼女ともかなりの時間話していたようだ。
横の彼女に視線を向ける。
彼女は拳を胸の前で握り、心臓のあたりをトントンと叩いた。
「要はココの問題ですよ」
思わず笑ってしまった。
そう、気持ちなんだ。
「さてと」私は重かった腰を上げた。膝と腰がパキっと音をたてる。
「まぁ、これは極端な話だけど『死ぬ気で頑張る』って言葉があるじゃない。あれと同じような言葉で『相手を殺す気でかかる』って言葉もあるじゃない。あれ、無かったっけ。ま、いいかそんなこと。
でも結局は何事も覚悟決めて、気持ちをしっかり持って頑張ればなんとかなるよ。私はこれからそうしていくつもり。アンタは?」
「私…もそうしてみます。『相手を殺す気』でかかっちゃいますよ」
決心が固まったような彼女の顔を見て、私は彼女に背を向けた。
背後にいる彼女に手を振った。
「あ、最後に一つ聞いてもいいですか?
兄には彼女がいて、その人がどうしても邪魔なんですけど、そんなときはどうすれば…やっぱり『相手を殺す気』でかかるんですか?」
「うん、私だったらそうするよ。ってか、そうしてきたし」
後ろから聞こえる声に耳だけを傾けそう答えた。
「あ、でも本気にしちゃダメよ。ホントに殺したら犯罪になっちゃうからさ。
つまりは何度も言ったけど、そういう心意気でってことなのよ。
よくスポーツ選手が死ぬ気で頑張りました、とか言ってるじゃない。やっぱりあのレベルになると普通に頑張るんじゃ無理なのよね。
あ、だからってアンタの問題を軽く見てるワケじゃなくてさ。
うーん、ゴメンネ、私話すのがヘタだから」
ココまで話せていたら私は屋上から落ちることは無かったのに。
そんなことを落下する直前に思った。
スポンサーサイト
「あの…怒ってるんですか?」
いやいや私はキットカットを頂いて満足してますよ。
私のこの顔は産まれつきなんですよ。
キットカットの心地よい歯ざわりを堪能しながら、そう思った。
「もっと無いの?」そう言いかけてキットカットごと言葉を飲み込んだ。
「ところでさ、あんた何しに来たのよ」
うつむく少女。そして、
「私、死にに来たんです」
顔を上げた少女は涙ぐんでいる。
私の横に立っている少女は何故か頼りなく、ビル風に吹き消され今にも消え入りそうだった。
よく見ると膝がカタカタと震えている。
高さへの恐怖なのか、それとも死への恐怖なのか。
「私…」そう言うと少女は隣に座り、
「私、好きな人がいるんです」と続けた。
「彼はね、優しくて強くて、私がピンチになるとすぐに助けてくれるんです。でも、その人ね…」
嬉しそうな言葉とは裏腹に、声は暗闇に吸い込まれていく。
「私の兄、なんです」
衝撃、とまでは行かないがちょっとだけ驚いた。
最近流行りの「妹」ってヤツですか。
私には兄弟が居なかったから分からないけど、実際居てもそういう気持ちにはならないわ、たぶん。
「血の繋がった兄妹だから結ばれることなんて無いんです。だから…」
「死んで生まれ変わる?」
こくん、とうなずいた。
その可愛らしい仕草と話の内容のギャップに思わず口からキットカットを吹いてしまった。
「なんで笑うんですか?」
「だって、うん、なんて言ったら言いか…兄だからとか血がとか、そんなことどうでもよくない?結局はココよ、ココ」
心臓の辺りを拳でトン、と叩く。
我ながら言ってて恥ずかしくなる。
その少女は今にも暗闇に消え入りそうなほどに、頼りなげだった。
あたりをキョロキョロと見回し、足取りもフラフラとしている。
私には気付いていないようだ。
「ねえ、何しに来たの?」
まるで目覚まし時計でたたき起こされたかのような動きだ。
両肩をビクっと跳ね上がらせこちらを向いた。
金網の外側にいる私を見て驚きの表情を見せる。
「ちょっとこっち来なよ」
「え…だって、そこは…」
まあ、そりゃそうだわな。
半生半死のこの場所はまともな人間の来る様な場所じゃないし。
足を暗闇に投げ出しブラブラさせたまま私はまた真っ直ぐに向きなおした。
ヒタヒタという足音が聞こえる。
そうか裸足だったんだな、と私は思った。
彼女が裸足ということに疑問は持たなかった。
なぜなら私も裸足だったからだ。
目をつぶって色々なことを考えていた。
彼氏のことやこれからの家族のこと。
悲しんでくれるのかな、そんなことを思いながら、私は今日何も食べていないことを思い出す。
グゥ、空腹を意識した途端に腹の虫が目を覚ました。
何か食いてえなぁ、そう思った矢先、私の目の前にキットカットが現れた。
「とうとうか…」私は空腹のあまりに人間の限界に達してしまったのだ。
「とうとう、でも無いと思います」
少女が私の隣に立っていた。
彼女の瞳、それは真っ暗な夜の海に似ていた。
マジで死ぬところだった。
おでこの辺りに汗が滲んでいるのが、風を感じて分かる。
もし今ココから落ちていたら。
そう考えるだけで背筋がゾワっとする。
あれ?私、何しに来たんだっけ?
そうだ、死にに来たんだ。もう、何やってるんだ私は。
空中に浮いてる右手で頭をコツン、と叩いた。
もちろん舌をちょっと出しながら可愛く、だ。
地に着いていない右足で空中を少しだけかき回してみる。
風の強さと冷たさでココが意外に高いところだということを感じさせる。
今確実に生きているのは左半身だけ。右半身は真っ黒な手がガッチリ掴んで離さない。
「やべえ、さみいな」
そう呟くと私は座ることにした。
別に死ぬことに対する恐怖感が生まれて怖気づいたワケではない。
ただ、高いところが意外に恐かっただけだ。
いわゆるところの高所恐怖症ってヤツなんだ、私は。
コンクリートがむき出しの縁を軽くて手で払い、ぺたりと座った。
もちろん足は投げ出して。
足をブラブラさせていると何だか気持ちよくなってきた。
自然と歌が口から漏れてくる。
これも口癖同様、無意識のうちに出るから困る。
この前だって彼とのSEX中に…って嫌なことを思い出してしまったわ。
いつの間にか声は相当大きくなっていた。普通に歌う声量ではない。
たぶん薄い壁のアパートだったら、隣の部屋からオヤジが怒鳴り込んでくるだろう音量だ。
何曲目か分からないけれど、私の十八番である昔のアニメソングが始まった。
私はもうノリノリでこれからのサビに向けて気持ちはドンドン高ぶっていった。
「…ジンガァァァアァアア、ズエェェェェ…」
ガチャ。
邪魔された。無粋なドアを開ける雑音に。
誰だ私の水木節を邪魔するやつは!
思い切りドアの方向をにらみ付けた。それはもう最高な睨みで。
ドアの近くには女の子が立っていた。
泣いてるのかな、少しだけ肩が上下している。
風が吹くたびセミロングの髪の毛がなびく。
姿を見る限り私より5歳くらい下かな。だとすると17歳か。いいなぁ。
不意に一際強い風が吹いた。
女の子は顔を上げる。空を見上げる。こっちを見る。
「やべ、かわいいじゃん」
それが女の子の第一印象だった。
部屋を飛び出した私はいつの間にやら自宅マンションの屋上にいた。
いくら6月だからといっても夜になると肌寒い日がある。
風が吹くたびにもう一枚上着を着てくるべきだった、というちょっとした後悔を感じてしまう。
どこをどう歩いたかはあまり覚えていない。
夕方、近所のおばさん(八百屋)に声をかけられたことは覚えている。
「どうしたの?裸足で外に出て」とおばさん。
「いえ、別に」と言ってスタスタと歩き出す私。
私を呼び止めるおばさん。
メデューサアイ(彼命名)発動。
何も言わずに去るおばさん。
たしかこんなやりとりだった。
自分があの目つきを未だに覚えていることは感動に値したかな。
屋上の縁に腰掛けながら、足の裏についた砂利を手で払う。
このマンションは辺りをビルに囲まれて殆ど日が当たらない。
近所の人や彼は文句を散々言っていたが、私は快適だと思っている。
一度だけこの屋上に来たことがある。
別段何をするわけでもなくふらりと立ち寄ったのだが、
辺りは思いのほか暗闇が支配しており、暗黒が私を手招きしているようだった。
ただ、私が座っている縁だけはライトに照らされており、それはまるでスポットライトに照らされた舞台のようでもあった。
私はスっと立ち上がり「私は女優」という無意味な妄想をしながらクルリと回る。
不意に暗闇が私の手を引っ張った。
グラリと傾く視界。風がやけに心地よく感じる。
瞬間、左手で金網を掴む。
ガシャン、という無機質で乱暴な音が響く。
死への嘱望と生への執着。
私の体は今まさに半分に分かれていた。